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ファン1人ひとりに丁寧に挨拶される 荒川静香さん
"プリンスアイスワールド2007 in 笠松" にて。
茨城県ひたちなか市。2007年11月17日(土)
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仙台育ちの
荒川静香選手
(その2、
その3)が
トリノ冬季オリンピック
(2006年)の
フィギュアスケート・女子シングルで日本初の金メダルに輝やきましたが、
日本フィギュアスケート発祥の地のモニュメントが仙台市・
青葉城址入り口の
五色沼
(同左)にあります。
なお、村主章枝選手が荒川選手に続いて、4位に入賞しています。
2010年バンクーバー冬季オリンピックで、
浅田真央選手がフィギュアスケート女子シングルで銀メダルを獲得し、安藤美姫選手、鈴木明子選手が、それぞれ、5位、および、8位入賞でした。
一方、男子では、
高橋大輔選手がフィギュアスケート男子シングルで銅メダルを獲得し、フィギュアスケート男子で日本初のメダルを持たらしました。織田信成選手、小塚崇彦選手は、それぞれ、7位、および、8位入賞でした。
2014年ソチ冬季オリンピックで 2月14日(金)に、荒川選手に続いて、仙台出身の
羽生結弦選手
がフィギュアスケート・男子シングルで、これまた、日本発の金メダルを獲得しました。なお、町田樹選手、髙橋大輔選手は、それぞれ、5位、6位入賞でした。一方、女子シングルでは、浅田真央選手、鈴木明子選手は、それぞれ、6位、8位入賞でした。
羽生選手は、さらに、2013年12月のフィギュアスケート・グランプリファイナル優勝、2014年3月の世界フィギュアスケート選手権優勝と合わせて、
このシーズンの三冠を達成し、ロシアのアレクセイ・ヤグディンが2001年から2002年のシーズン三冠を達成して以来、史上2人目となる快挙になりました。
さらに、羽生選手は、2014年春の叙勲に紫綬褒章を授与されました。
2015年度グランプリシリーズのNHK杯で、11月28日、羽入選手が322.40という驚異的な世界最高得点を挙げました。さらに、この直後の12月12日に、何と、
グランプリファイナル(バルセロナ)で 330.43 という、またまた驚異的な歴代世界最高得点をたたき出し、グランプリファイナル3連覇に輝きました。
2018年、韓国のピョンチャン(平昌)冬季オリンピックで、2月17日(土)に、
羽生結弦選手がフィギュアスケート・男子シングルで、前回のソチ冬季オリンピックに続いて金メダル2連覇に輝き、フィギュア男子でリチャード・バットン(米国、2018年2月時点で86才)以来、66年ぶりの2連覇を達成しました。また、今回、宇野昌磨選手も銀メダルを獲得して、日本がワンツー表彰台に輝き、これは冬季オリンピック男子フィギュアスケート初だそうです。さらに、何と、今回の羽生結弦選手の金メダルは、冬季オリンピック通算1000個目の金メダルだそうです。(2018年2月18日午前10時から読売テレビ放送の「サンデーモーニング」番組の放送内容より)。一方、女子では、宮原知子選手、坂本花織選手は、それぞれ、4位、6位入賞でした。
ところで、日本で初めて4回転ジャンプを競技プログラムで成功させ、2002年ソルトレイクシティ冬季オリンピックのフィギュアスケート男子シングルで4位入賞を果たし、1つの競技プログラムで4回転ジャンプを3度成功させる世界でも数少ない選手の一人で、現在、フィギュアスケート界で指導的地位にある本田武史氏(福島市生まれ)も、中高校時代は仙台でフィギュアスケートを研鑽されています。
なお、2002年ソルトレイクシティ冬季オリンピックのフィギュアスケート女子シングルで村主章枝選手が5位に入賞しています。
最早、仙台はフィギュアスケートにとって伝説の都市といえるでしょう。伝説として終わらずに、この歴史をさらに歩み続けることを望みます。
上記以前の冬季オリンピックの結果は次の通りです。時間をさかのぼって順に記します。
1998年 長野冬季オリンピックのフィギュアスケートに入賞者はいません。
1994年リレハンメル冬季オリンピックのフィギュアスケート女子シングルで、佐藤有香選手が5位に入賞しています。
(〔註〕1992年以前の冬季オリンピックは夏季オリンピックと同じ年に開催されてきました。)
1992年アルベールビル冬季オリンピックのフィギュアスケート女子シングルで、
伊藤みどり選手が女子では稀なトリプルアクセル(3回転半)を成功させて銀メダルに輝いて日本のフィギュアスケート界初のメダリストとなり、続いて、佐藤有香選手が7位に入賞しました。
1988年カルガリー冬季オリンピックのフィギュアスケート女子シングルで、伊藤みどり選手が5位に入賞しています。
1984年サラエボ冬季オリンピックのフィギュアスケートに入賞者はいません。
1980年レークプラシッド冬季オリンピックのフィギュアスケート女子シングルで、渡部絵美選手が6位に入賞し、フィギュアスケート男子シングルで、松村元選手が8位に入賞し、五十嵐文男選手が9位に続いています。
1976年インスブルック冬季オリンピックのフィギュアスケート男子シングルで、佐野稔選手が9位に入っています。
1972年 札幌冬季オリンピックのフィギュアスケートに入賞者はいません。
1968年グルノーブル冬季オリンピックのフィギュアスケート女子シングルで、大川久美子選手が8位に入賞しています。
1964年インスブルック冬季オリンピックのフィギュアスケート女子シングルで、福原美和選手が6位に入賞し、フィギュアスケート男子シングルで、佐藤信夫選手が8位に入賞しています。
1960年スコーバレー冬季オリンピック、1956年コルチナ・ダンペッツオ冬季オリンピック、1952年オスロ冬季オリンピック、のフィギュアスケートに入賞者はいません。1948年サンモリッツ冬季オリンピックには日本は第2次世界大戦の戦争責任のため出場が認められていませんでした。
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