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北海道でヤマビル山蛭)を見た!

山本 信雄

   最近、 ヤマビルその2 (アーカイブ版)その3その4その5その6その7 (この中のアニメーションの動きが前後逆?)その8(アーカイブ版)その9その10その11 (アーカイブ版)その12 [7月8日(日)付け]その13 (アーカイブ版)その14 (アーカイブ版)その15その16その17その18 (アーカイブ版)その19 の被害が、特に、神奈川県丹沢たんざわ山系東側に急増していると、テレビで放映されました。 驚いたことに、住宅の敷地内でも被害その2) にあっていることです。 鹿の急激な増加が原因で、鹿の移動とともに広がったものとされています。 ヤマビルの詳しい解説がこちらにあります。 そこで、山本が15年前を思い出して、ここに紹介することになりました。
    ヤマビルの被害報告は、秋田県、岩手県以南その2) (その3) だそうですが、あろうことか何と、私は北海道で見たのです。一寸ちょっと信じがたいですが本当の話です。
    詳しくは次の通りです。

◇ 北海道石狩市厚田区望来もうらい字マサリカップ944番地 (旧:厚田郡厚田村大字望来村字マサリカップ944番地)
       (クリックすると拡大します)

ヤマビルに遭遇そうぐう
1993年11月27日(土)のことを思い出して描きました。
画像の自動切り替え方法はこちら 自動切り替え方法 を参考にしました。



持参の地籍図に記入した当時の生々しい記録
   1993年11月27日(土)に、札幌から直線距離で北北東30キロの石狩湾沿岸にある上記地内に行ったときのことです。気温2度から5度。
    正利冠まさりかっぷ川をはさんだシャトレーゼ石狩ゴルフ場(旧:東急ゴルフ場)の反対側(南側)の丘陵地で、 丁度ちょうど10センチの積雪がけ出して地面と積雪のまだら模様の状況の中、 草払い機で小さな雑木を払って通り道をつけたり、目印となる白樺しらかばの大木にマークをったりしていました。 (ここに母名義の小面積の山林があるため。〔当初は父名義と勘違いをしていた〕)

    大体の作業を終えて一息ついているときに、 私の頭のすぐ上、約3メートルを1羽の中型の鳥(ヒヨドリか ?)が南から北に 「キーキーキーキーキー」とけたたましく鳴きながら飛んで行った ので、ビックリして「なんだろうなあ。」と思いながら、ふと振り向くと、 そこに奇怪きかいなものが・・・

   「んっ ! なんだ ? これは !!」。

    足元から1メートル先の雪の上に、見たこともないような赤くて 8 センチ近くも細長く伸びた(下註1)、見るからに不気味な生き物が、下端を雪面に吸盤で吸い付いているように付けたままからだ全体を垂直に立ち上げ、いかにも攻撃的に頭とおぼしき先細りの先端をこちらに向けて、クネクネと不気味に上体をくねらせているのです。 「これは一体いったいなんだろう。」と思いながら、しばらくは不気味なその動きをじっと見ていました。 何かこわいことが起こりそうなので、とても近寄ることが出来ません。 「ウーン。何だろう。」と反芻はんすうするうち、 「ひょっとしてこれはヤマビルというものなのではないのか。」と思い始め、 見る程に「ヤマビルに違いない。」と確信めいてきました。

    恐らく、飛んでいる鳥から私をねらって飛び付こうとしたのではないか、と思いました。 鳥が通過するまでは、雪面には何もいませんでしたので。 雪がけている地面から雪面にい上がったのか、とも考えましたが、 わざわざ雪の上をわたって来るとも考えられませんでした。 私はすべりやすいフード付の雨具 (ただし、表面はきわめて細かなザラ目状になっています) を着ていましたので、 雨具に当たって足元の雪の上に滑り落ちたのか、または、命中が外れたのかもしれない、と思いました。 (もし、滑り落ちないで取り付かれたら吸血され、 北海道 のヤマビル被害になったかも知れません。)

   雪の上では1歩も移動せずに、ただ立ってもの欲しそうに、または、威嚇いかくするようにユラユラしています。その動きを見て、父から一度だけ聞いたことのあるヤマビルを思い出したわけです。「初冬の、しかも、北海道に!」と驚き、 生まれて初めて見るヤマビルをしばらくながめていましたが、余りにも気味が悪いので、 その得体の知れぬ生き物に近寄らず、遠巻きにその場を去り、疲労のため、 2キロ離れた村道わきの広場で車を止めて暗くなるまで仮眠したのでした。 そして、自宅のある茨城県に向けて、遠路、車で帰途きとにつきました。(途中、青函フェリーを利用して)

    (註1)    インターネット上の多くの文献で、ヤマビルの長さが高々たかだか 5 センチと書かれているため、それに合わせるように、2018年5月まで、ここでも実際に見た長さよりもひかえめに 「 5  センチ長の と書いてきましたが、やはり、実際見た 長さ 8 センチ近く に、2018年6月19日に訂正させて頂きます。見た当時は気が動転していましたので、実際の長さは 5 センチ程度でも、大きく感じていた可能性もあります。

    このように、ヤマビルに限らず、 動植物の移動は、卵や種子しゅし、時には本体が鳥に付くことによって離れた地域に拡散するのではないか、と考えました。 環境条件によっては、そこで繁殖するのでは、と。例えば、たまたま拡散した場所に吸血できる獲物えものが居たか、それとも、居なかったか、 また、湿度が生存維持いじに適しているか、いないか、によって左右され、最終的に、居るところにはたくさん居るようになるが、 居ないところには全く居ない、という風に分かれるのではないかと思われます。温度に関しては、あの冬の寒さの厳しい秋田県や長野県に生息できることからみて、 極端な寒冷地は別として、寒さには余り関係ないのではないか、と思います。例えば、北海道で外気温が氷点下10度以下になっても、 積雪の下では、意外にも、0℃近くに保たれていて、それ以下には温度が下がらないからです。 この程度ですと、ヤマビルは冬眠できるのではないかと、とも思われますが、実際どうなんでしょうね。

    話を元に戻すことにして、このヤマビルはどこから鳥に取り付いたのだろうか。 ここから一番近いヤマビルの繁殖地として知られる秋田県からは直線距離で500キロ以上も 離れています。鳥にしてみれば、500キロはそれほど遠い距離でないのかも知れません。
    これに関して、神奈川県が2009年3月に発表した ヤマビル対策共同研究報告書の11ページの1行目から2行目 に、「鳥に付着してヤマビルが長距離移動する可能性もあるとされている。」と記述されています。 これは秋田県が1997年に発表したヤマビル被害防止総合対策事業報告書から引用されたものです。

   ちなみに、当場所はほとんど人の入らない所で、 近くにライ麦?、または、燕麦えんばく?の畑はありますが、 背たけより高い熊笹と白樺しらかばから松、モミ、 その他、雑木の林が続きます。

(クリックすると拡大でご覧なれます)
石狩市厚田区望来もうらいの美しい海岸
マサリカップ東急ゴルフ場(当時)

当地山林の入口
この3ヶ月後の初冬に、右前方のやぶ
向こう側約200メートル先でヤマビル遭遇そうぐう

近くの道道(本州でいう県道)を歩く
キタキツネ
石狩市厚田区望来もうらいの夏の風景(話題の地点)
ヤマビルに遭遇する3ヶ月前の 1993年8月2日(月)に撮影

(クリックすると拡大します)
石狩市厚田区望来の初冬(話題の地点入口)
その時以来5年ぶりに来ましたが、積雪で道路
が不通のため、1キロ先の当地に入るのを断念

1998年11月21日(土)に撮影


    なお、3ヶ月前の1993年8月2日(月)に一番近くの農家の人と話をしまして、私がじょう談半分に 「ここにはマムシはいないでしょうね。」と聞くと、 「いるよ。マムシもいるし、カラス蛇もいる。」。 私が「えーっ。マムシがいるのですか。こんなに寒いところにですか?」。 「ああ、いるよ。それより、カラス蛇は熊笹の上を滑るようにして飛んでくる。これも毒蛇でこっちのほうがこわい。」と言うのです。 僕は??でして、茨城に帰ってから図書館で調べましたら、「カラス蛇はシマヘビの黒化した変種」とありました。多分カラス蛇に毒はないでしょう。 しかし、猛毒のヤマカガシ (のどの奥の方に毒牙どくががあるらしい) の黒化したのも、 からす蛇と呼ぶというサイトがあります。
    ともかく、北海道にもマムシがいるらしいので、これもびっくりです。

[参考]父の話では、昔、信州の山道を歩くときは、 木の上からヤマビルが降ってくるので、 天気が良くても傘をささないといけない、と聞いているそうです。 ちなみに、父の実家は新潟県上越市です。話は違いますが、父の話では、おおかみがいた頃、 山道を歩いていると何時の間にか後ろから一定の距離を置いて狼がいてきて、里の入り口に着くときに、 「送ってくれて有難う」と心に念じながらオニギリなどの食べ物をそっと置いてやる。 すると、狼はそれをくわえて山に戻って行くそうです。これを「送り狼」と云い、 決して人をおそうようなことはないそうです。


    上記のことをヤマビル研究会に報告いたしましたら、 次の返答がありましたので紹介いたします。

    On Wed, 18 Jul 2007 18:48:29 +0900
   こんにちは。
   メールありがとうございます。
   今年はずいぶん早くから被害報告がありました。北では宮城、秋田までと聞いて いたので興味深いお話です。その場所で増えることはないと思いますが、まれに山 鳥に寄生して(鳥は自分でとれないのでかわいそうです)移動するという報告が ありました。ふつうはシカにくっついて拡散しているようです。環境問題にも絡 みますが、野生動物のエサ不足で里山からどんどん降りてきて民家周辺で増えて います。
   ヤマビル研究会 ウイ(宇井さん)


[追記1]
    2007年7月に、山本信雄が奈良県宇陀うだ室生むろう区西谷(旧:奈良県宇陀郡室生村西谷) にお住まいの、父の知人である宇陀市大野地区森林組合の杉中成夫しげお氏(2008年時点で65歳くらい)と電話する機会があり、 そちらの山林の状況を聞きました。鹿と猿がものすごく増えて、知事に間引き捕獲を要請しているよしです。 猿は知人の家まで入り込んで生ゴミを袋ごと持ち去ったそうです。名阪めいはん国道のパーキングエリヤにも出没するくらいだそうです。 そこで、ヤマビルについて聞いてみました。
    その知人の方いわく、「ここにもヤマビルは見たことはあるでぇ。ヤマビルは人の血管をさがし当てて吸い付いてくるんや。 人によって取り付かれるやつと、そうでない奴がおるで。 ウチはヤマビルにきらわれとるんやろな。 一度も吸われたことが無いんや。」と淡々としていました。多分、ここにはいないようです。

[追記2]
    追記1などを報告しましたところ再度、ヤマビル研究会の方から次のご返事がありましたので紹介いたします。

    山本さん、こんにちは。
    ヤマビルのDNAを調べると、シカ、サル、タヌキ、ウサギなどの野生動物の吸血がほとんどですが、兵庫県のある地域では、 3番目に「ヒト」という結果が出ました。爆発的に増えている証拠です。私は自分で何度か吸血させ、産卵させることを試みましたが、 私の血を吸ったヒルは、すべて血反吐を出して死にました。(ヒルは私に対して)失礼な話です。 抗体ができているのではないかと言われましたが、まだわかりません。

   
北海道、茨城での報告がたくさん欲しいところです。なぜか四国での被害報告もありません。
   ヤマビル研究会 ウイ(宇井さん)


   ということで、ヤマビル研究会では広く情報を集めていますので、 もし情報がありますときはヤマビル研究会のホームページの中の
ヤマビル注意報に記されているメールアドレスに連絡されると喜ばれます。

[追記3]
    いろいろなサイトを見たところ、けい風会のホームページ (残念ながら、現在、このページは休止しています) に 「ヒルがピョーンと飛ぶって知ってました?」と書かれていましたので、 大変興味を持って同会副会長の田村氏にメールでお聞きしたところ、次のようなご返事を頂きました。

   山本様

   このたびは、渓風会HPへのご訪問&メールをありがとうございました。    私は管理者の田村と申します。よろしくお願いいたします。

   さて、ヤマビルの件ですが・・・・

   イワナに会うため、いつもの山道を歩いていたときのことです。
会長が前、私が後ろを歩いていました。
ヤマビルが出て来る場所は大体決まっていますので、足早に歩いていました。
会長の歩いた後を見ていると、案の定、何匹ものヤマビルがうごめいていました。
そのうちの一匹が、去りつつある会長の足元めがけてピョーンと飛びね、渓流シューズにくっ付いたのです!
わが目を疑う、とはこのことでした。
恐るべし、ヤマビル。

   山本様も、ヤマビルにやられないよう、ご注意を・・・・

   PS:ヤマビル退治には「ムシペール」がよろしいかと。
           シュッとかけるとイチコロです。

   田村
   (以上の掲載は田村氏の了解を得ています)

というように、飛び跳ねるのだそうです。これは脅威きょういです。
  また、「 隊長は地面から飛びかかってい上がる一部始終をみとどけた」と書かれているサイトもあります。 2018年時点ではインターネットから消えてしまいましたが、私が保存してあったアーカイブ版の中程の「柳生街道の蛭  梅雨時の自然観察会で」という段で、 「 奈良県の柳生街道で・・・、その時上からぱらぱらと何かが落ちてきた。蛭の総攻撃だ。・・・・・・筋肉の瞬間的な収縮で、蛭は下からも跳んで来るのだ。(アーカイブ版)」と書かれています。 さらに、丹沢での 「 ヤマビルが飛びつく瞬間」の写真が掲載されました。 (〔註〕最初、このサイトの要求に従って名前とパスワードを入力してログインした後に、一度、このサイトを閉じます。そして、再び、このサイトにクリックして入るとその写真が見られます)
    普段はジャンプをしないヤマビルでも、雨のあとなどヤマビルにとって好環境のときは活発になって、ジャンプもするのでしょう。
    次に、ブログ「CLUBNATURE」の管理人の方が 「木の上から落ちてくるヤマビル」の恐怖体験を書かれています。 また、 「木の上から降ってくる奴もいるので帽子は必須です。」というサイトや、「木の上から降ってきたり地面から動物の足につくなどして血を吸います。」というサイトもあり、「ヒルが大量に降るってありえますか?」という知恵袋もあります。 さらに、 「上からも降ってくる。袖口に落ちてきて手首に移動したヤマビル」と写真を載せて書かれたサイトや、 「(歩いている最中、木から降ってきたり、・・・)」と書かれたサイトもあり、 大学の生物学研究者も「木の上に潜み、寄主が近づくと木から落下して吸い付くこともあります。」と書いています。 さらに、梅雨時期の丹沢の大山で「地面からはぴょんぴょんと飛びかかってくる。木の葉からダイブしてくる。」と書かれているサイトもあります。また、ENJOYアウトドアのサイトに「狙いすましたようにポトリと落ちて頭や肩などに取りつき、・・・」と書かれています。 しかし、百科事典では、 飛び跳ねたり、木の枝からび下りることを否定していますので、これをくつがえす切っけになるかと思います。 これに関して2009年1月4日に聞いた話を、次の[追記4]に書き添えます。

[追記4]
    三重県のある県立病院で警備員をしておられる中村徹郎氏  ( こちらを参照 中村徹郎氏 )   がお若い頃(1960年代)に三重県の大杉谷から奈良県の大台ケ原まで 3人連れで登山をなさったときのお話を聞かせて下さいました。 大杉谷の暗い谷間で昼食を取っていたときに、足などにいつの間にかヤマビルがくっついているのに気付いたそうです。 それだけでなく、木の枝からヤマビルが襟首えりくびにパラパラと落ちてきて大変だったそうで、 足に付いているヤマビルも襟首から入って足にまで到達したのだと思っていたそうです。 私が説明するまでは、地面から足にい上がってくるとは知らなかったそうで、すべて木から降って来たものと思っていた、と話されました。
    大したことはないけれど、血がしばらく止まらないのと、止まった後も数日かゆかったと言っておられました。 なお、大台ケ原にはヤマビルはいなかった、とのことです。

    私も1993年8月14日に大台ケ原に車で深夜着いて、翌朝6時頃に1人歩いて日出ヶ岳に向かいました。曇り空で霧模様の中、遠くない距離の低い位置で雷鳴が不気味に鳴っていましたが未だ距離がありそうなので、怖いけれど、そのまま進みました。他に歩行者はありません。ふと見上げると、30メートル上の斜面に鹿が数頭、こちらを珍しそうにじっと見ています。「ここも鹿が多いんだな」と思いました。その頃は未だヤマビルの字も知らなかったときです。日出ヶ岳頂上の直前で雷の危険を感じて戻りました。(その後の別の機会に日出ヶ岳頂上に登っています)。その時、大台ケ原から日出ヶ岳の往復では何の被害もありませんでした。今思うに、 ヤマビルはいなかったその2その3) と言えます。なお、日出ヶ岳の下の方の大杉谷には行ったことはありません。ここは地形的に非常に危険な所で遭難者が後を絶たない、と三重県のテレビ報道で何度も聞いているからでした。

(クリックすると拡大でご覧なれます)
早朝の大台ケ原
日出ヶ岳に行く途中、尾根の斜面から鹿の群が
私を見ていました。遠雷が鳴っていました。
大台ケ原    1993年8月15日早朝


[エピソード] 茨城高専名誉教授の渡部わたなべ磯雄いそお先生がお若いとき、 同僚の菊池あきら先生と宮城県の 金華山その2) に旅行に行った帰りがけに、 牡鹿おじか半島に戻る船の最終便に間に合わなくなり、やむを得ず、ショートカットの藪漕やぶこぎをなさいました。 このとき、かなりの数のヤマビルにおそわれて散々さんざんな目に会ったそうです。最終便には間に合ったそうです。 この島には野生の鹿がたくさんいますので、鹿のいる所、ヤマビルに注意が必要のようです。
(クリックすると拡大します)
崖崩がけくずれで通行不能鎌房かまふさ林道
(標高 985 メートル地点)

1997年5月
福島県西白河郡西郷にしごう
なお、この周辺はもちろん、福島
県内にはヤマビルはいません。














トヨタ・クラウンが15年間に
走行距離50万キロを突破
2009年4月10日(金)
栃木県那須郡那珂川町
にて。さらに、
2011年6月28日(水)
栃木県上都賀郡西方町
で 555,555 キロ。
2013年3月4日(月)
茨城県水戸市で60万キロ。
2015年6月14日(日)
栃木県の塩原渓谷で
65万キロ。
2016年4月6日(金)
茨城県小美玉市下吉影
で 666,666 キロ。
2017年9月7日(木)
茨城県ひたちなか市馬渡
で 70万キロ。


[今思うこと] (これは、ああだった、こうではないか、と僕が考えついたことを、無責任に述べてみたいと思いますので、 何を馬鹿なことを言っているか、とお聞き流しくだされば幸いです)
    僕は広島以北、北海道までのいろんな所に住み、また、旅・ドライブをしてきました。 車での通算走行距離は150万キロとなり、月への2往復、地球37.5周に相当。 また、太陽の直径の1.07倍の距離に相当します。特に、平成6年 (1994年) 3月から乗り始めたトヨタ・クラウン (ただし最下位種の排気量1980cc) が、 平成21年 (2009年) 4月10日に、右図のように、走行距離50万キロを突破しました。 さらに、2011年6月28日に、このクラウンの走行距離が 555,555 キロとなりました。 しかし、2012年9月、ついに、エンジンが走行距離 59万キロで寿命をむかえました。 が、車のディーラーが中古の同じエンジンを見つけて下さってそれに交換していただきました。 (エンジンがダウンするときは、マフラーから大量の白煙が出るので分かります。 それは、ピストンとシリンダーの隙間すきま磨耗まもうで大きくなり、 燃焼室へのオイルの混入によって白煙が生じます)。 その後、2013年3月4日に走行距離 が60万キロに、2015年6月14日に65万キロに達しました。
    無人地帯へのドライブもしょっちゅうです。ときには、徒歩で山歩きもします。上述の北海道のことはありましたが、普段ふだんは忘れています。 それで、2007年春まで、ヤマビルについては全く意識せず、「ヤマビルなんて、テレビで時々見るネパールには居ても、 こんなに進んだ日本ではほとんど絶滅しているのだ。あったとしても、たまたまの事だ。」と思っていました。

    ところが、2007年春に、テレビで丹沢たんざわのヤマビル被害の特集を見てビックリし、上述の北海道のことを鮮明に思い出したわけです。 同時に、インターネットで沢山のヤマビルのページを読みあさり、 ヤマビルが発生している地域と私の訪問箇所かしょを照らし合わせてみました。
    私は小さいときから地図を見るのが大好きで、おかげで、世界地図や日本地図を見ただけで、そこに行かなくても、 そこの状況が想像つきます。それで分かったのですが、今ヤマビルの被害が出ている地域に私が行こうと思えば行けたのに、 どういう訳か、その地域には今まで無意識にけていたことに気づきました。 理由は、(1)何となく興味がかない、(2)そこに近づいてみたものの、何となくそれ以上、進む気がしない、 というものです。
    もっと具体的に話しますと、こうです。

(1) 1995年夏に、三重県の実家(志摩市)から茨城県に戻るときに関が原経由で行こうとたまたま 養老の滝入り口にさしかかり、 小さいときから知っていて、一度は見てみたいものだと思っていましたので、急遽きゅうきょ、その駐車場に止めて、 滝の方に歩いて登ろうとしたのですが、疲れていたセイもあるのでしょう、行楽客もちらほらいるのに、 その山中が何か不気味な感じがしましたので途中で戻ってきました。

(2) 2006年早春に、三重県志摩市の実家から 鈴鹿山脈の方に目的なしのドライブをして、 たまたま、仙ヵ岳の南麓のキャンプ場「石水渓」に まぎれ込んだときに、「この山は何か不気味だなあ、 何だろう。夏にここでキャンプをしても楽しくないだろうな。」と思ったのです。 何が不気味なのかは分かりません。何か不気味だという直感でしかありません。 後でインターネットで、この渓にヤマビルの被害の記載はないものの、 より北の山や谷にはヤマビルの被害が多く記載されています。

(3) 1965年7月、千葉県茂原市の㈱日立製作所・茂原工場(現:㈱日立ディスプレイデバイシズ)で20日間の工場実習を終えた翌日、1965年8月1日、房総半島の養老ようろう渓谷・粟又あわまたの滝・麻綿原まめんばら清澄きよすみに1人でハイキングをしました。 そのときはヤマビルのことは聞いたことがなく、延々えんえんと山道を汗だくで歩きました。その後、1990年代に南房総をドライブしたのですが、 なつかしいはずの養老渓谷・粟又の滝・麻綿原・清澄山へ行こうという気が何故なぜかしなかったのです。後年インターネットで調べてみると、1965年の時の私がハイキングをした一帯にはヤマビルがいなかったようで、1990年代にここへのドライブを止めた頃にはヤマビルが多く生息するようになった、とありました。(例えば、 こちら yourou_keikoku、および、 yourou_keikoku

(クリックすると拡大でご覧なれます)
小湊こみなと鉄道・上総かずさ中野駅
朝5時20分に撮影
養老ようろう渓谷
ここだけでなく、あちこ
ち、のんびりと行楽を楽
しむ人でにぎわっていま
した。

朝7時頃に撮影
案内板

宝栄橋にて
奥養老バンガロー村付近
朝8時頃に撮影
粟又あわまたの滝
子供たちがこの滝を
すべり台のようにして
遊んでいました。

午前11時頃に撮影

麻綿原まめんばら天拝園てんぱいえんのアジサイ。
炎天下を長時間歩いていたときに、
ご親切な方の車に乗せていただいて
辿たどり着きました。入り口の看板に
縦書きで「南房総国定公園・
天拝園」と書かれています。

午後に撮影
清澄きよすみ
夕方に辿たどり着きましたが、荘厳そうごん
本堂から、木魚もくぎょに合わせて大勢の
お坊さんの読経どきょうの合唱が山中にひび
いていました。特別な修行しゅぎょうでも
あったのでしょうか。

夕方に撮影
左の光の柱は、カメラの裏蓋うらぶた
隙間すきまかられた夕日の
ハレーションか?。
養老渓谷、麻綿原まめんばら、清澄山ハイキング (千葉県) 
1965年8月1日(日)晴、暑い

(4) 三重県宮川村の大杉谷や同県の櫛田くしだ川上流の はちすダム奥は地形が険しく、しかも不気味さがあるので、 林道走行が趣味の私でも熊野なだに抜ける水呑みずのみ峠のコース以外、 沢山たくさんある林道の走行を躊躇ちゅうちょして断念しました。ヤマビルの生息地だったようです。

(5) 栃木県の鬼怒川きぬがわ温泉を何度か通りますが、 当地のはずれは何か不気味さを感じてはいました。 この続きの高原山たかはらさん(釈迦しゃかヶ岳)の北側は何とも感じない普通の林道がありますが、 南側山麓さんろく塩谷町しおやまちに入り、 北側と違って、急に不気味さが出てきます。何が不気味なのかが理解できず、単に森が深いためか、と思っていました。 これら高原山の南側山麓の 塩谷町の山間部 から鬼怒川きぬがわ温泉郷周辺はヤマビル被害があると、後でインターネットで知ったわけです。

(6) 1990年頃の夏に、三重県の実家から天竜、水窪みさくぼを通る秋葉あきば街道(国道152号線)経由で車で茨城県に戻ろうとしたときに、静岡・長野県境の青崩あおくずれが通行不能で、ヤマビルのことを知らなかった私は峠下の斜面でトクサを採集していました。その後、延々えんえんもと来た道を戻る羽目はめになり、別ルートで北上するも、さらにその先の地蔵峠も通行不能で、しらびそ高原へ行く林道を大きくまわる羽目になりましたが、これらのルート、何かこわそうな山でした。

(7) 1970年頃に、当時は実家が大阪府高槻たかつき市にありましたので、 京都府宇治市の宇治平等院鳳凰ほうおう堂まで母とドライブし、ついでに、宇治川上流を滋賀県に向かって走らせようとしましたが、この山中、やはり同様の不気味さがあり、また、遠距離なので引き返しました。後に、インターネットで検索すると、この先の 宇治田原方面や信楽方面の山中にヤマビル棲息地があるようでした。

(8) 南関東の丹沢たんざわ山地はよく知っていましたが、全く興味がきません。 横浜、湘南しょうなんに近いセイかな、とも思いましたが。 同様に、静岡県大井川中上流の千頭せんず方面、 富士川中流域の身延みのぶ山地も地図で見ても何か興味がかない所でした。 また、群馬県の四万しま温泉や水上みなかみ温泉は観光地として有名なのに、 何故なぜか私は行く気がしない。また、妙義山にも。

(9) いつだったか、1980年代の5月に車で青森県竜飛たっぴ崎を回って日本海側を南下し、 能代のしろ市を通過して暮れかかる頃、国道7号線を秋田市に向かいました。 県庁所在地の秋田市からそう遠くない田園地帯なのに、一帯がなぜか余りの寂寥せきりょう感がただよっていて、 それが太平山たいへいざんの方向から特に感じます。 本州の平地でこのような感覚を今までに味わったことがなく、”ここは特に過疎化が激しいのかな”と運転しながら思い過ごしていました。 ヤマビルの存在を知った今思うと、ヤマビルの '気' が流れていたのではないか、と勝手にコジツケたりしています。
(クリックすると拡大します)
旧国道48号線の 関山トンネル
(
その2その3)

(未舗装・山形県側)
標高620メートル
今は廃道となってアクセス困難

1965年10月3日(日) 15時50分


(10) 昔、私は今でいうマウンテンバイク(実際は中古の普通の自転車)とスケート(スケート場ができ始めた頃です)が趣味でした。 1965年から1970年にかけての学生・大学院生時代に仙台市近郊から奥松島や山形県境、たまに福島県境までの街道は勿論もちろん、 一般道路から外れた山野や川筋をひまあるごとに自転車で駆け回っていました。 通学も自転車でしたが、他の自転車を追い越すことが多くても、追い越されることが全くないほどフルスピードで走っていまして、 ある時、見通しの悪い下り坂のカーブを走行していたしたところ、 前を下っていたトラックに追突してかなりの怪我けがを負い、 前輪がこわれたことがあるほどでした。ときには、 仙台西北部のそう遠くない山中の無人地帯を走っているうちに道が消えてしまい、山中をさ迷うこと1時間、 脱出するのに心底青くなったこともあります。また、ある5月の妙に蒸し暑い晴天の日の山野の自転車走行で、 1日の走行中に計8匹の蛇に出食くわし、 そのうちの2匹は交尾中、ということもありました。ただ、生涯しょうがい今まで、マムシには出会っていないのが幸いでした。
    さて本題に戻りますが、宮城県の名取川水系(北から広瀬川、名取川、本砂金もといさご川、 碁石ごいし川等)のがけや川原で、珪化木けいかぼく(木の化石) や第3紀層の海生生物の化石や鉱物を採集し回ったこともあり、自分の庭みたいな感覚で自転車で出かけていました。 が、どういう訳か、本砂金川から南に1つ丘を越えた所にある太郎川の存在を知りませんでした。 今、インターネットを見て、この 太郎川だけヤマビルがいる と知って驚いています。結局、その川に行っていなかったのです。行かなくてよかった。 なお、当時、まだ釜房かまふさダムはありませんでした。
    なぜ、この小さな川だけにヤマビルがいるというのだろうか?  この川も名取川の支流(碁石ごいし川)のさらに支流の1つに過ぎません。不思議。

(2012年5月1日、2017年7月上旬、および、2019年7月4日に追記)
    ヤマビルがいるという 太郎川の源流から南に尾根を1つ越えた直線距離わずか2キロの所に山形県に入る笹谷峠への県道があります。私が学生だった1965年5月5日(水)に未だ雪深いこの県道に、次の写真のようにサイクリングに来たことがあります。現在、この付近は山形自動車道が開通しており、元の県道での二口峠への通行は閉鎖されています。

(クリックすると拡大でご覧なれます)

標高550メートル

標高780メートル

標高800メートル。
自転車を置いて単身登る。
標高840メートル。気温5度。
14時50分撮影
これ以上進むのは危険なので
Uターン。
宮城・山形県境の笹谷ささや峠 (有耶無耶うやむやの関)へのサイクリング
仙台9時発、峠道の最奥部に14時50分着
宮城県柴田郡川崎町笹谷
 1965年5月5日(水)
ここは、ヤマビルがいるという 太郎川の源流から南に
尾根を1つ越えた直線距離わずか2キロの所です。

    また、太郎川ぐ北に位置する オボコンベ山でヤマビルの被害に会った というサイトを2012年4月に見つけ、2017年7月に (オボコンベ山その2)(オボコンベ山その3)(オボコンベ山その4)(オボコンベ山その5)(オボコンベ山その6) を見つけました。最初にオペコンペ山のサイトに出会った2012年4月に、これよりもう少し北に位置する 三方倉さんぽうくら山でもヤマビルの被害に会ったその2その3)というサイトも見つけました。 太郎川あたりからここまで分布域が広がっていることが分かりました。1960年代に私がこの付近の山道やけもの道を仙台市側から自転車で徘徊していた頃は、全く知らなかったことです。
    この辺り一帯にヤマビルが住み着いた原因は、次の様ではないかと、私は勝手に考えるに至っています。それは、
    オボコンペ山頂上付近にある特異な岩頭が「長距離飛行の鳥が休憩場所」として使われてきて、たまたま「或る鳥がヤマビルを運んで」きてしまい、「ヤマビルがその場所に根付くのに適した環境であった」ことが切っ掛けとなったのではなかろうかと。

    三方倉山の北斜面を降りたところには二口ふたくち峡谷があり、ここを西進すると二口峠を経て山形県に入ります。私が東北大学工学部の学生と大学院生のころの1965年代は細い山道しかなく、峡谷の谷川で、私の所属する研究室が芋煮会いもにかいを楽しんだ所でもあります。21世紀になる頃は車も通れる道になっています。当然、私も含めて誰もがヤマビルののことは考えたことがありません。しかし、2019年7月4日に、二口峠でのヤマビルのことが書かれているのを見つけてビックリしています。 それはこちらfutakuchi_keikoku。 ついに、ここまで蔓延まんえんしてきたのかな。いや、三方倉山で登山者に取りついたヒルが二口峡谷に下山したときに道路に落とされたのではないかと思います。

(クリックすると拡大でご覧なれます)
姉滝(手前)と妹滝(右上)
この上を見上げると
三方倉山があるはずです。
二口ふたくち峡谷から盤司ばんじ岩ごしに
山形県境の二口峠を遠望

新緑の峡谷
盤司岩の真下に来る
宮城県の二口ふたくち峡谷    仙台からのサイクリングで来る。
1965年5月21日(金)
天候は、南のち西の風、曇時々晴、
15時に激しい雷雨、のち晴、気温、15度から20度の間
(追記終わり)

    以上、ヤマビル生息地には独特の不気味さが山全体にただよっていたな、と思い起こせるのです。 まあ、こじ付けに近いかもしれませんが。 これに対して、どんなに険しい山中に行っても、生息地でない所では、全く不気味さは感じないし、感じたこともないわけです。 私自身、このことは不思議だなあ、と思っています。
    幸い、茨城県に鹿や猿が全くいないためか、ヤマビルの被害もありません。 私は県内のほとんどの林道をドライブしてきましたが、ヤマビル発生地での不気味さを味わったことがありませんでした。 ヤマビルのいない山は逆に自然豊かな微笑ほほえみがあるように見えます。 要するに、明るい。
    なお、茨城県は、鹿カモシカの三者とも生息しない国内唯一ゆいいつの県です。 サッカーJ1リーグ「鹿島アントラーズ」の本拠地ではありますが(笑)。 また、もいません。 イノシシとマムシはいます。

    表日本のヤマビル生息地のパターンの1つに地理的な共通性があるようです。鹿や猿との関連をさて置いて。 それは、南東の風が直接当たる山塊さんかいで湿気がより多い所です。 例として、丹沢山地、房総丘陵ぼうそうきゅうりょう東南部、奥大井から南アルプス南部、鈴鹿山脈、三重県大杉谷、栃木県塩谷町、群馬・新潟の県境の群馬県側、宮崎県の山間部などです。

    昔ヤマビルがたくさん居たのだけれど、現在はヤマビルが全くいなくなった伊豆の天城山あまぎさんや福岡県の英彦山ひこさんのこと、および、 今はほとんど見かけなくなった所蛭の減少せる事が紹介されています。何かのヒントになるかも。
    また、ヤマビルに何回もまれた結果、 ヤマビルにアレルギーになって重症になった例<もあります。(ただし、これを紹介するサイトが見当たらなくなりました。)
    まれにヤマビルからの感染症として、 敗血症になりかけたという例もあります。


[第2段]   私の勝手な思い過ごしかも知れませんが、1年半っても忘れずに気になっていましたので、 しるしておきます。

        (クリックすると拡大します)
赤い矢印の木からパラパラと何か落ちてきました。
正面に妙義山がせまってきます。
この画像は後日の
2011年8月13日(土)に撮影
(この珍現象が起きた2007年10月7日(日)当時は
赤い矢印の所に大きな枝があって
高速道路に張り出していたように思います。?)


    2007年10月7日(日) 快晴

    大渋滞の関越道下り線を抜けて、交通量の少ない上信越道に入りました。 昼近く、周りには他の車もなく快適に松井田妙義インターチェンジの少し手前を、私の車1台だけが走行中、ゆるい右カーブの切り通しに1本のやや大きい木が前方に見えます。その大枝が高速道路の走行車線の上にかかっているように見えました。右の写真、または、下左の写真のどちらかですが、当時の走行の路面状態や周りの景色との関係から、多分、右の写真だと思います。当時、右の写真の大きな木の大枝はもっと道路にせり出していましたので、その後、大枝が切られたのではないかと思います。なお、両者とも現場の左方がゴルフ場になっています。なお、どちらの写真の現場も、群馬県立自然史博物館研究報告(14)の図3、および、群馬県林業試験場業務報告の図-2 から判断して、ヤマビル生息地帯に入っていると思われます。
    その木を見ながら、冗談半分に「あの木からヤマビルが落ちてくるかもね。」、 なんてのん気に考えながら時速100キロで運転し、その木の下にさしかかりました。 すると、 突然、車のボディに、それもルーフ(屋根)からトランクにかけて、パラパラパラパラパラ と6、7個の何か小さなものが当たる音がしたのです。   んっ ?!    晴れているので雨粒ではありません。どちらかというとにぶい音です。 木の実かな。ひょっとして、本当にヤマビルがこちらをねらって落ちてきたのかも、とも思ったのですよ。 (なお、 走っている車にヤマビルがダイビングした と書かれているサイトを2012年5月1日(火)に見つけました。記事の内容は秋田県の太平山です。)
        (クリックすると拡大します)
もしかしたら、こちらが
パラパラと何かが落ちてきた現場かもしれません。
ここは、右上画像の場所から7キロ手前で、
下仁田しもにたインターチェンジから
長野県側に6キロ先に進んだ所です。
2012年11月3日(土)に撮影
なお、2018年8月までに道路上に
出ていた大枝は切られていました。



    何百回、いや千回以上、高速道路を走っていますが、こんな奇妙なぶつかり音は初めてでした。
    横川サービスエリアで点検しましたが、何かがぶつかった形跡は全くなく、異常はありませんでした。 もちろん、鳥のふんが落ちた形跡もありません。
    後日、何回もここを通過しますが、上記のように他に走っている車がない単独走行になることもなく、 上記のおかしなことも起こりません。(以上、2009年4月、および、2016年2月12日(土)に記載)

    ひとつ気になることがあります。上記のことを公開した2009年4月から2ヶ月ほどった頃、上記地点でバイクの単独転倒死亡事故がありました。 ひょっとして私の記事を確かめに来て、わき見運転によって転倒したのではないか、と想像してみました。 もしそうならば、私はこれを書くことで悪いことをしたな、と思いましたが、私の思い過ごしでしょう。
    が、上記の奇怪きかいなことが起こった現場から松井田妙義インターチェンジに向かう方向に(即ち、上右写真の道路の左側に) 規則正しく1列に数十本の大きな並木が植えられているのですが、この並木が高速道路に何か支障ししょうを来たすためなのか、 2011年7月頃、大々的な剪定せんてい作業が行われていました。 数年間、上信越道を何10回も通って来ましたが、他の地点でこのような作業や諸工事はほとんどなく、 2007年10月7日の奇妙きみょうなことが起きたまさにこの地点にだけ剪定作業があったということは単なる偶然ぐうぜんなのだろうか。 バイク事故といい、剪定作業といい、あの奇妙な出来事を私が公開したこととつながりがあるのでは、と思ったりもします。 (20011年11月13日(日)に記載)




木綿もめん針のようなヤマビルか ? (自宅の畳の上で)
2009年1月14日(水) のときのイメージを描きました。

[第3段]   最近の真冬に次のようなことがありました。日記から抜き出してみます。

    2009年1月14日(水) 快晴、寒い、水戸の最低気温:-3.5度、最高気温:+9.1度、湿度35%

    15時に庭の駐車場で知人を見送ってから家に戻って、ふとたたみを見ると、長さ約2センチ、 非常に細くて灰白色の虫が尺取しゃくとり虫のように歩いている。灰白色ではあるが、ごく淡い緑とごく淡いピンクの色合いも感じられた。 気を付けて動きを見ると、前後に吸盤のようなものがあって、 吸盤を使って尺取運動をしているではないか。 さらに近づいて腹這はらばいになって見ようとすると、尺取運動を止めて、後ろの吸盤で畳に斜めに立ち、 前の頭らしい所をユラユラと何かを探るようにしている。本物の尺取虫のような あしがない !!

      えっ!ヤマビルの子供か?

    気持ちが悪いのでぐにティッシュペーパーで力いっぱいつぶすと、 しりから緑の汁が出てきた。 駐車場へ下りる小さな階段に生えているスイカズラの汁を吸っていたのでは、と思った。直ぐにゴミ箱にポイッ。 他に小動物の気配が全くない真冬のこんなに寒い中、生きているなんて。 つぶしてしまったので分からないが、ヤマビルでなく、普通の他の虫なのか? 他の虫なら何だろう。 尺取虫やそれに似た毛虫類は今までたくさん見ているので、それらとは違うようだ。 細くて短かくて色が淡いので、卵から生まれて間もないヤマビルの子どもではないだろうか、と思いました。??
    そういえば、一昨日、昨日、珍しく2羽のムクドリ(ヒヨドリだったかも)がスイカズラのあたりをたむろしていた。 この鳥がヤマビルの生息地からヤマビルの子供をくっ付けて、スイカズラに落としたのかな。??? 
    それとも、3日前までの正月から11日まで実家のある三重県にいて、 伊勢道路、サニーロード、鈴鹿山脈を横断する新名神高速道路、伊勢神宮や各地の駐車場、 大台町へ行く宮川沿いの林間の間道を通ったときや、西名阪道の御在所サービスエリヤ等のどこかで車か衣服について茨城の自宅まで運んできたのかな。 ?????  車からスイカズラまで2メートル、車から玄関まで私が通るときに必ずスイカズラが体に触れてしまいます。
    ともかく、僕がその階段を上ったときに、その小さなヤマビル様のものがスイカズラから私の衣類に乗り移ってきて、畳の上に落ちたことは確かのようだ。
    以前見たように、北海道の雪の上でもユラユラしていたのだから、ヤマビルは寒さに強いのではないか。

    以上、私の見まちがいか、勘違かんちがいかもしれませんが、皆様、どう思われますか?
    きちんと確かめるなり、カメラに収めるなりしてもよかったかな、とも思いましたが、 気持ちの悪いものは有無うむを言わさずにただちにつぶす主義なので、 いはありません。

    その後、1年以上経った現在までヤマビル様の虫を見ていませんので、あの処分した1匹だけのようです。 また、鳥がスイカズラに寄ってきたのも、そのとき1回限りでした。

    後日、ある「ヤマビル対策のサイト」に続く「第2章 体験メール」のサイトの最も下にある 「細い半透明のヒルも存在する」 の段に「・・・一見木綿もめん針のような細い半とう明のヒルにあちこちやられ、・・・」と書かれていているのが見付かり、何かそれと似ているようです。
    また、別のサイトの中ほどより少し前のほうにも 「◆2009年6月8日 (月)出没 HKさんのメール◆ ・・・(2センチ~8センチ位の針金みたいな細い奴、元気な太い奴、二種類見ました)・・・」 と書かれています。
    さらに、「小さな蛭の事」というサイトや、「・・・それより小さい(山ヒルの)子供は線も細くて見つけながら進むのは困難です。<靴裏の隙間に取り付いたものなどはただの糸くず・草くずにしか見えませんよ!」という実体験など、それらと似ているように見えます。別種かもしれませんが、北硫黄島に書かれている小さなヤマビルの記述があります。

    ちなみに、我が家は人口15万人の「茨城県ひたちなか市」の中心から遠くない住宅団地の中にあります。

    思うに、ヤマビル繁殖はんしょく地から 全国各地に鳥によって、 そのたねとなるものがばらかれている のではないだろうか、と。 また、繁殖は動物の血液に頼るとして、普段ふだんは草や木の葉の汁を吸ったり、 腐葉土ふようどからも栄養を取っているのではないだろうか、と。???    〔2009年1月末に記載〕


    これまで書いたように、奇妙なことですが、私は1993年11月27日の北海道で飛び去る鳥から降って来たと思われる雪上のヤマビルと、2009年1月14日の茨城県のわが家の畳の上を移動する細くて小さなヤマビルとの、これら2匹のヤマビルしか見ていないのです。それ以外にヤマビルを見たり、ヤマビルに襲われたという経験が全くないのです。しかし、上記のたったの2回のヤマビルとの出会いが強烈で、インターネットでヤマビルのことをすみから隅まで見てきた訳です。それでも、いまだに次の疑問が残ったままです。

[未だに残る疑問点]

1. なぜ、いるはずがない北海道でヤマビルに出会ったのか。
2. 鳥に付いて来たのならば何処どこから運ばれたのか。
3. 吸血のため、動物にどのような方法で取り付くのだろうか。単純に足元からい上がるだけでなく、 地面からジャンプして人の足に取り付く、というサイトも少なくありません。 また、木の枝から人に飛び降りて取り付く、というサイトもかなりあります。 (恐ろしいことに、命中率はかなり高いらしいのです)
4. 人は取り付かれたことに、なぜ、全く気付かないのか。
5. ヤマビルのいる所といない所が分かれているのはなぜか。また、ヤマビルのいる所は全国的にあちこちに散在していているのはなぜか。 それらの地域は飛び火して、ヤマビルがいるようになったのか。それとも、昔からその場所のどこかでひそんでいたのだろうか。 飛び火したとすれば、運び屋は何か。 (岩手県花巻市近郊の 八方山はっぽうさんにヤマビルがいるその2)と書かれたサイトがあります。 このごく狭い生息域は他のヤマビル生息地から相当に離れて孤立していますので、私は興味を持っていました。 八方山のヤマビルは、もしかすると、私が北海道で出会ったように鳥が運んできて、その後、条件が適合してそこで繁殖してしまったのかもしれない、と考えています。 冬は相当に寒くて雪がそこそこ多いこの地にヤマビルがいることそれ自体が脅威きょういです。)
6. ヤマビルのいる所はものすごい数がいて、ある意味、魔の山、魔の谷、魔の森と言えるまでになっているそうです。 そんなに多くのヤマビルが特定の地域で増える真の理由は何なのか。ヤマビルがその地域でそんなに吸血できる機会が多いのだろうか。
7. 西表いりおもて島、石垣島、屋久島、北硫黄島、淡路島、佐渡島、金華山、および、2018年4月に世界遺産に登録された福岡県宗像市沖ノ島、などの有名な島に、なぜいるのだろうか。 (多種類の渡り鳥が近海の島はもちろん、離れ島をも経由するために、 渡り鳥に付いたヤマビルが各島に到達する確立が高いため、と私は考えています。)
8. 各地のダム湖近くに多いのはなぜか。いる場所にたまたまダムが出来たからに過ぎないのか。
9. 四国にはいなさそうだとされていますが、なぜ四国にはいないのか。山が高くて傾斜が急なためか? (2009年秋に徳島県の山奥でのヤマビル注意報がヤマビル研究会から出されました。)
10. 兵庫県には広くヤマビル被害があるそうですが、気候が似ているとなりの岡山県にはいないのはなぜか。 (私はこの地域に一寸ちょっとある用事で 馴染なじみがあるので私の考えを述べますが、 千種ちくさという大河が、 ヤマビルがいる所といない所を分けているように思えます。また、南にある四国の屏風のような山の影響で、気候がより乾燥かんそうするためと思われます。)
11. ヤマビルの強力な吸盤きゅうばんは、たこのそれと同じ原理で吸い付くのか。 歯が食い込むという話もありますが。
12. 東アジア以外のヤマビルの情報を私は知りませんが、世界的な生息分布を知りたい。 例えば、アフリカやアマゾンの熱帯雨林にはいない、などの情報を知りたい。  

    これらを考えているうちに、あちこちの林道走行や山歩きがこわくなって出来なくなりました。


[私の勝手な想像]    「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ・・・」 の作詩等で有名な岩手県立花巻農学校の教諭であった 宮沢賢治 の短編集「 注文の多い料理店 」の発想の原点は、上記 5. 項に書いた岩手県花巻市近郊にある 八方山 のヤマビルにあったのではないかと、2017年7月に私はハタと思いつきました。(私の勝手な妄想ですが)。
    それは、人がヤマビルチェックをするために衣服を脱いで裸になったり、塩を使うこともある、とインターネットで度々お目にかかるからです。 このような行為を、東京から趣味の狩猟にやって来た青年紳士2人に森の中の料理店で実現させたのではないか、と。しかし、宮沢賢治のヤマビルについての話は聞いたことがありません。が、農学が専門の賢治が、地元の山にヤマビルが出ることを知っていたのでは、と思います。どうなのでしょうか。



[参考]    (1)   かなり以前、 私は日本住血吸虫(アーカイブ版) という恐ろしい寄生虫の流行地に興味を持ったことがあり、流行地は一種の風土病でした。 私個人の流行地の共通性認識は、南東側に山または丘があって、そのフェーン現象のために、夏に高温となる所で、北西側も山などがあって、逆に冬は気温が低下する所、です。 これは、あくまで、私個人の勝手な思いつきに過ぎませんので、読み流して下さい。
    現在、国、並びに、地方自治体の懸命な努力によって、ほぼ、絶滅と判断してよいとされています。 しかし、1990年代に、千葉県そでヶ浦市で感染症が見つかり、中間宿主である宮入みやいり貝 (片山貝)も小櫃おびつ川で発見されたことがあり、 また、同じころ。利根川流域の成田市にある牧場の牛に感染が見つかったことがあり、いずれもニュースで報道されています。 今でも注意するに越した事はないようです。
(クリックすると拡大でご覧なれます)
山梨県甲府盆地のコンクリートで固められた水田
日本住血吸虫の中間宿主である宮入貝棲息せいそくできないように、
あぜや用水路をコンクリート化してあります。
   1985年8月撮影

(2)    1940年頃から北海道礼文島でその当時、沢水を飲料水として使っていた多くの住民に死亡率の高い原因不明の奇病が発生しました。 その原因はなかなか分らなかったのですが、北海道大学医学部が1950年代後半についにエキノコックスという寄生虫が原因であることを突き止めたのです。 丁度この時に私は北海道札幌郡手稲町  (現・札幌市手稲区)  に住む中学生でしたが、この原因究明が地元の北海道新聞で大々的に報道されました。 それ以来、最も危険視されている寄生虫がこの エキノコックス でしょう。 これは、その幼虫に感染した野ネズミをキタキツネが捕食し、 キタキツネの腸で成虫になった多数のエキノコックス  (サナダムシなどの条虫の仲間で体調は数ミリメートルと小さい)  が大量の卵を生み、 その卵がふんとともに体外に出て、それが沢水に入り込み、沢水を飲んだ人間が感染するというものです。 よって、北海道の沢水を絶対に生で飲んではなりません。また、生の山菜も危ない。 今や、本州の北日本やもっと西の地方でも、飼い犬などへの感染が確認されるようになったとニュースで警告されています。 なお、人体での感染はネズミと同様に、エキノコックスが幼虫のまま肝臓に寄生するために重大なことになるそうです。厄介なことに、人体に入り込んでから発症するまでの潜伏期間が 10 年と非常に長く、その間に肝臓内で成虫になれない幼虫がゆっくりと卵を産みながら増殖し、ゆっくりと肝臓を破壊し、発症した時には既に重症化していることです。

(3)    くだらない話ですが、ヤマビルが居る所といない所の差、と、ゴキブリが居る家と居ない家の差はちょっと似ているように思えてきました。我が家でのゴキブリについて10年間観察した結果を書いて見ます。(2017年8月18日〔金〕記)
    10年位前までの20年間、我が家にはゴキブリは居ませんでした。10年位前から、年によって、居たり居なかったりしています。ゴキブリは冬眠もするようで、ある年に、暖かくなった春先に、部屋の壁に登ってじっとしているところを駆除したことがあります。これは一回きりですが、状況から、室内で冬眠していたとしか考えられません。居ない年は一年中、見ることがなく、居る年は、月に 2 ,3 回程度台所と風呂場で見かけ、その度に駆除していました。大きなものはごくたまにしかなく、ほとんどが数ミリ程度のゴキブリの子どもで、1度に1匹程度で、見付け次第退治します。ゴキブリが現われるのは、夜、特に23時以降です。ある年に、大きなゴキブリを取り逃がしてしまい、気持悪いので、次の日の昼間にパルサンを2個同時に炊いて、火災報知器(煙検出器)のスイッチをオフにして出掛け、数時間後に帰宅すると、畳の上に大きなゴキブリ1匹、台所に中くらいのゴキブリ1匹、風呂の着替え室で小さなゴキブリ1匹、計3匹がひっくり返っていました。これでゴキブリが全滅したようで翌年までゴキブリが居なくなりました。しかし、油断すると、ゴキブリは外部からまた入って来るようです。
    ゴキブリは玄関から、居間のガラス戸から侵入をねらっています。実際、玄関ドアのすぐ外で玄関内に入ろうと構えていた大きなゴキブリを偶然見つけて、サンダルで踏みつけて殺したことが 2、3回あります。また、6月のある深夜、玄関前の郵便受けの天辺てっぺんに、玄関のドアの方を向いて侵入を企てていたゴキブリを見付けて退治しようとしましたが、失敗しました。その数日後に、ゴキブリホイホイにまさにそのゴキブリが捕えられていましたよ。さらに、昨年(2016年)、居間のガラス戸のアルミサッシの 2本のレールの間に挟まって動けなくなって死んでいる大きなゴキブリを見たことがあります。多分、我が家に侵入しようとして失敗したのだと思います。また、数年前、スーパーの駐車場で、私の乗用車に地面からび立って、開いたドアから車に入り込もうとした大きなゴキブリをたたき殺したこともあります。このように、ゴキブリは何にでも人間の近くに侵入しようとするくせがあるようです。
    ゴキブリが家に居るか居ないかは、私の経験から、その年の 7月上旬までの外部からの侵入対策の在り方で決まるようです。 7月上旬まで にゴキブリの侵入がなければ、そして、ゴキブリの卵が残っていなければ、その翌年の春まではゴキブリは居ません で、床に置いてあるゴキブリホイホイも綺麗きれいなままです。
    今年(2017年)5月に、数ミリのゴキブリの子どもが古くなって使われていないキーボードから出てきたので、指で潰そうとしましたが、素早くキーボードの中に逃げられたので、殺虫剤代わりに(私は殺虫剤を常備していません)、呉羽くれは化学で出しているサビ止め材・KURE CRC 5-56 を吹きかけました。また、深夜、台所の電気を付けた瞬間、小さなゴキブリを発見し手でつぶそうとしましたが、失敗し、流しの壁とステンレス板の1ミリの隙間すきまに入り込んでしまいました。この時も KURE CRC 5-56 を噴射しました。この KURE CRC 5-56 はなかなか有効で、これでゴキブリが全滅しました。しかも、殺虫剤と違って、毒性の強い成分がないため、安心です (?)。また、ゴキブリの逃げ込み場所となる台所のその1ミリの隙間もシリコンゴムでふさぐことで、ゴキブリ対策は万全となりました。その後、ゴキブリは見ることもなく、ゴキブリホイホイも綺麗きれいなままです。

    その後、2018年7月25日(水)までの1年間はゴキブリが居なくて、ゴキブリホイホイもきれいなままでしたが、2018年7月26日(木)に事件が起こります。日記から抜き出して次に紹介します。

    2018年7月26日(木)高曇または薄曇、やや涼しい
    ・  ・  ・   10時半に、空になったラッカーのスプレー缶2本にガス抜きの穴を空ける。すると、中に残っていたラッカーが開けた穴から飛び出し、玄関の床タイルにかなりの量がかかる。  ・  ・  ・   深夜0時半にトイレ大。開けっ放しのトイレのとびらの前廊下ろうかを、玄関から恐る恐る歩いて来る大きなゴキブリが目に入ったので、スリッパをはいたままつぶそうとしたら、ゴキブリは素早すばやく玄関に戻って靴箱の裏の隙間すきまに逃げ込んでしまった。明らかに玄関から侵入しんにゅうしたてのゴキブリだ。スプレー殺虫剤がなかったので、仕方なく、防虫剤・白元3個を手で粉状に砕いて靴箱の裏の隙間すきまに大量に投げ入れた。恐らく、午前にスプレー缶から飛び出したラッカーの残り香に誘われて、ゴキブリが外部から玄関に侵入したものと思われる。 ・  ・  ・
    翌日の2018年7月27日(金)快晴、すこし暑い
    ・  ・  ・   9時半にドラッグストアでパルサン3個を買い、窓とドアを全部閉め切り、火災報知機を鳴らないようにして、パルサン3個全部を点火して出掛ける。  ・  ・  ・   17時半に帰宅。パルサンの効果を確かめたが、死んだゴキブリは見付からなかった。10年前にパルサンでゴキブリ退治をしたときは、大、中、小のゴキブリ、計3匹がたたみの上や床の上で仰向あおむけに転がっていたことがある。と言うことは、今回は多分、昨夜にいた大量の防虫剤・白元で、あのゴキブリは絶命ぜつめいしたと思われ、他にゴキブリは居なかったということだ。 ・  ・  ・  

    次に、2018年9月に、立て続けに2回、玄関からのゴキブリの侵入しんにゅう事件がありました。日記から取り出してみます。

    2018年9月18日(火)晴後曇、北東風強く夕方から大雨、急に寒くなる
    ・  ・  ・    冷雨の中、23時に牛乳びんを出すために玄関のドアを開けたら、ゴキブリが入って来て玄関に置いてある物の陰に隠れたので、あわてて大量のクレ556を吹きかけ絶命させる。 ・  ・  ・  

    2018年9月25日(火)北東の風、曇後雨、涼しい
    ・  ・  ・    午前10時頃、冷雨が降り始める中、玄関の戸を開けると、虎視眈々こしたんたんと中に入ろうとしていたゴキブリを見つけ、咄嗟とっさに玄関外のドア直下のコンクリート上につぶし、侵入しんにゅう阻止そしした。 ・  ・  ・  
    以上の2つとも、猛暑から一転、冷雨が降るさなか、ゴキブリが寒さから身を守るために、家の中にもぐり込もうとしたものではないか、と思われます。

    また、こんなことが2018年11月22日(木) 23時頃にありました。妻が玄関から外に出ようとした時、「玄関のドアの外に虫がいた」、と言って慌ててドアを閉めたと言います。私はゴキブリかな? と思って妻に「玄関に入って来なかった?」と聞くと、妻は、「直ぐに閉めたから入って来ないと思うけど、分からない。何の虫かも分からない。」と言う。妻の言うことを信じて、私は安心することにしました。その4日後に、私は気になって電子レンジやで炊飯器を置いてある台の下に設置してあるゴキブリホイホイを調べて見ますと、比較的新しい大きなゴキブリが動かないでかかっていました。確証はありませんが、4日前の妻の言う虫、すなわちゴキブリが玄関から侵入してかかったものではないかと思った訳です。

    以上、2018年7月26日2018年9月18日2018年9月25日2018年11月22日4つの例のように、ゴキブリは常に玄関から家の中への侵入を目論もくろんでいるのです。今年の夏は酷暑こくしょで、秋になって急に冷える日が何回かあって、そのたびにゴキブリが家に侵入しようとしていたものと思われます。そして、開いた玄関から侵入に成功すると、取りあえず、玄関の靴箱の陰に身をひそめ、人間の気配を盗んで、廊下を進み、台所(キッチン)に入り込む、という図が浮かび上がったのです。それは、上記2018年7月26日のことでり返しますが、深夜0時半に、私が玄関わきのトイレでドアを開けたまま用を足している時に、玄関から台所に向かってソロリ、ソロリと歩いている大きなゴキブリを見たことがあるからです。
    以上の経験から言えることは、ゴキブリホイホイの有効な設置場所は、玄関から廊下を伝って台所に入って直ぐの所で、下に10センチくらいの空間ができる台の下がよろしいかと。ご参考まで。



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updated: 2007.7.27~2011.11.13, edited by N. Yamamoto
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